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バッハはただのスケベだった??

今回ご紹介したい人物はこの方

 

ヨハン・セバスチャン・バッハ

 

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≪出身地≫

 

神聖ローマ帝国

 

≪生年月日≫

 

1685年3月31日

 

≪没年月日≫

 

1750年7月28日(65歳)

 

≪代表曲≫

 


バッハ「G線上のアリア」 Bach "Air on G String"

 

『パストラーレ』

 

『ピアノ協奏曲第一番二短調 BWV1052』

 

≪名言≫

 

音楽の究極的な目的は、神の栄光と魂の浄化に他ならない

 

≪人物≫

 

バッハは200年以上音楽家を輩出した名家に生まれ、もっとも偉大とされ【大バッハ】という呼び名もあります。

 

バッハはその他にも【音楽の父】と呼ばれてバロック音楽の巨匠であると同時に、鍵盤楽器の名手としても西洋音楽史上もっとも偉大な人物とされています。

 

そんな数々の功績を残したバッハも晩年は視力が落ちてしまい、両目とも失明してしまっています。

 

その原因としては若いころに楽譜を月明かりで写し、目を酷使した為とも言われています。

 

バッハの学校では教えてくれないこと

 

学校で音楽の授業をまともに受けていれば、知っていて当たり前の人物ですよね?

流石に授業を受けていなくても、名前くらいはご存知ですよね??

 

ならなぜ今回学校の授業で習うはずのバッハを紹介するのでしょうか?

それは学校では彼について教えられない事があったんです。

 

バッハはとんでもないスケベだった

 

本当にみなさんはバッハのことを知っていますか?

バッハの人物紹介をご覧頂いてもお解りになると思いますが、目を酷使してでも音楽に力を注ぐ、素晴らしい努力家でした。その結果、数々の功績を残し、学校の音楽の授業でもならいますよね??

 

でも、今回お伝えしたいのは彼の良き家庭人としての一面です。

 

バッハは65歳の生涯の中で、二度の結婚をして子供をなんと【20人】もうけたのです。

みなさん誤字ではないですよ??

20人ですよ!!!

 

現代と比べるとかなり多い数字ですよね?

 

昔は10人家族などは当たり前の世界でした。

 

バッハ自身も200年以上続く音楽家の家に生まれ、音楽家はなんと50人も居たそうです。

 

昔は人数が多いのが、普通だったと言われても、やはり20人という数字にはインパクトがありますよね??

これが学校では教えられない理由なんです。もちろん、バッハただのスケベではなく、物凄い愛妻家だったのです。しかし、私たちが受ける衝撃以上に、思春期の子供達には刺激が強いそうです。

子供の人数が多いことで、ただの変態と決め付けられるとバッハの数々の功績が霞んでしまいますからね。

 

でも本当は私たちはバッハを見習わなければいけないのです。

現代は少子化が騒がれています。

是非バッハを【音楽の父】としてだけでなく【子宝の父 】としても見習いたものです。